ロレックス エクスプローラーT Ref.14270オーバーホール
リューズのロックが甘く、水分が浸入し放題となり2日ほど経過したロレックス・エクスプローラーT、Ref.14270です。
10気圧(=100m相当)防水といっても、この事例のようにリューズのロックが甘かったり、防水検査の時点で気密が保たれていても、テフロンのガラスパッキンが経年劣化のために後日突然割れることもありますので、防水検査の結果はあくまで保険程度に考えておいてください。
未来永劫、ノーメンテで防水が維持できる時計など存在しないという事です。
このような時計は”見積もりをお願いします”と言われても原則として不可能であるという事を、まずご理解ください。
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見積もりして返事が来るのが翌日としますと、その間にもサビ・腐食が進行して見積もり時よりも交換部品が多くなることは明らかです。
ですので、”水入りというのは人間でいうと溺れた状態と同じです。今すぐ救命措置が必要となります。見積もりは不可能なのです”と伝えることにしています。
さすがに”溺れた人間を助ける前に医療費の見積もりは求めないでしょ?、それと同じです”とまでは言えませんので、問い合わせの時点で¥55,000〜¥80,000という料金を提示し、上限金額いっぱいとなっても修理を進めてほしい、という場合にはお預かりして、即座に腐食の進行を止める応急処置をします。
防水時計と言うのは密閉性が高いために、一旦水分が入ると抜けにくいと言うジレンマも抱えています。
昭和30年代までの国産時計に数多く見られるスリーピースケースの時計で、文字盤の変色やラグの金張り剥げは酷いものの、ムーブメントに比較的サビが少ないのは、ケースが隙間だらけなおかげで水分の逃げ道も確保されていた為です。
まず、水入り時計への最初の応急処置としまして、リューズロックを解除した状態で冷蔵庫に入れます。
リューズを緩める事によって、少しでも水分の逃げる道を確保するためです。
冷蔵庫内は乾燥しているので、わずかながら水分が抜ける可能性もありますが、それよりも、さらに重要な要素は低温であるということです。
鉄のサビは温度20度以上+湿度65%以上になった場合急速に進行します。
1年を通じて雨が多いはずのイギリスの旧車があまり錆びていないのは、西岸海洋性気候で夏の湿度が低いせいです。
日本の場合、6〜9月の平均は常にこの状態にあるようなものです。
”クライモグラフ”という研究データが発表されていますので、検索なさってみてください。
次に、冷蔵庫状態を保つため、遠方のお客様には”クール便”指定で水入り時計を発送してもらいます。
近くの方へは、時計を吸水性のよい綿のシャツやタオルで包んでもらった後、保冷材と一緒にタッパーウェアやビニール袋に入れて速やかに持参していただくように伝えています。
こうすれば、サビの進行を食い止める事が出来るのではないかと考えました。
比較試験を行っていないため、こういった処置にどこまで効果があるかは不明なのですが、上記の理由から、理論的に間違っているということは無いと思いますので、何もしないよりは良いと思っています。
クール便で届いたら、早速文字板と針を外して自然乾燥させます。
もし、海水や水溶液が浸入している場合は、リダンを前提に流水で洗い流すことにしています。
そして、ムーブメントを丸ごとアルコールに漬けて、ざっと洗浄します。
その後は分解しつつ、サビ落としとダメージチェックをしながら刷毛+アルコールで入念に洗浄します。
なぜベンジンでなくアルコールかというと、アルコールへ水分が溶け出す(水溶性)ため、洗浄と水分除去を一度に行えるのです。
ベンジンだと水分を弾いて玉のようになり、刷毛洗いでの効率が悪くなります。
また、いきなり自動洗浄機にかけると水分が洗浄液中に残り、高価な洗浄液を交換しなければならないですし、何より交換するのはかなり手間がかかります。
アルコール洗浄後、乾燥機で乾燥させたら、あらためて自動洗浄機にかけます。
アルコール洗浄が終了しましたら、受けをはじめとする各部品に付いたシミのような汚れ=薄い腐食を、粒子の細かいコンパウンドを付けた綿棒で軽くこすって磨いてやります。
そして自動洗浄機にかけ、組み上がったのがこの画像です。
ここまでキレイになると”状態の良好な同型機種撮影したんじゃないの?”という疑念を抱かれるかと思いますが、よくご覧ください。
自動巻受けの淵にある、ローターがショックを受けてたわんだ際に出来るメッキの剥がれた擦れ跡が全く同様なのがお分かりいただけますか?
最後に、究極の浸水対策として依頼者の方に「防水機能を過信しないで、水や汗は避けるようにして下さいね」と伝えます。
今後もこういった時計を維持してもらう上で、この申し送り事項が最も重要となります。