ロレックスGMTマスターRef.16753 オーバーホール
- あるご縁がありまして、GMTマスターRef.16753のオーバーホール依頼をいただきました。
日本ロレックスでちょっとお高い見積もりが出たので、弊社へ依頼いただいたという訳です。
知人が働いていますので良く知っておりますが、作業内容からすると日本ロレックスの見積もりは決して高いものではなく、交換が必要とされた文字盤や針なども、それなりの必然性があって見積もられています。
日本ロレックスの見積額が正確にわかっているものを、すぐにオーバーホールできる機会はそうありませんので、自分でも比較するのが楽しみです。
まずは見積もりを出すところから修理は始まります。
修理業者の常套句として”見てみないとわかりません”というのがあります。
確かにそのとおりなんですが、電話などの問い合わせの段階で、最初から最後までこの調子だと見積もりを依頼する気すら起きないでしょう。
見積もりを依頼するにも電車賃やら宅配便、足を運ぶ時間等、それなりの手間をかけなければなりませんしね。
そこで、当社では問い合わせがあった場合、メーカー名と機種、不動であるかどうか、目視で判別できる欠損部品があるかを尋ね、これまでの経験から修理代のおおよその平均値を伝えるようにしています。
例えば「1980年代のGMTマスター、現在動作はしているが遅れる、持続時間も24時間未満、リューズはネジ込める、風防は欠けている」といった事を伝えてもらった場合は、「あくまで概算ですが、これまでの同機種の事例から、90%は¥42,000〜¥56,750の範囲で納まっています。ただ、例外もありますので、あとは現物を拝見してからとなります」という返答をする事にしています。
修理を依頼する立場からすると、本当に大体でいいので一体いくら位かかるのかを、まず知りたいんですよね。
オーバーホールを依頼したことが無い方からすると、「10万円とか言われたらどうしよう・・」という不安があるようで、以上の様に伝えると、とても安心してもらえます。
裏蓋を開封したところ、パッキンの入るところにサビが見受けられました。これが日本ロレックスでケース交換を薦められた理由です。
ただ、このくらいであれば防水性の保証は出来ないものの、実用上問題なく使用することは可能です。
オーナーさんの要望もありますし、ここはケース交換無しで見積もりを進めてゆきます。
ロレックスが修理に持ち込まれるきっかけとして多いのが、リューズのねじ込み部分がバカになって、という場合です。
このGMTマスターを見ると、まだバカにはなっておりませんでしたが、ケース側に付くチューブが緑青にまみれて腐食していることがわかります。
当然チューブは交換となりますが、同時にリューズも交換するのが理想的です。
しかし、リューズはかなり高価ですので、状態を見極めて次回のオーバーホールまで気密性を保てる場合は、そのまま使用することにします。
このあたりは、リューズの内側を点検してネジ山がどのくらい残っているか、新品のチューブに交換すれば何回転くらいねじ込めるか、というところで判断しますが、使用される方の体質や汗の成分(酸性度の違い)などによっても変わってきますので一概には言えないのが難しいところです。
まずはチューブ交換が必要ということです。
文字盤がこれだけ劣化していますから、一度湿気が混入したのでしょう。
針の夜光がひび割れ、メッキされた表面は腐食しています。
この状態で問題なのは使用中に夜光が崩れ落ち、文字盤表面はおろか内部のムーブメントにまで浸入してしまうことです。
こんな状態でも、オーバーホールの際に何ら対策を講じないで、そのままの針を使用し続ける業者もおります。
それでオーバーホールから1年くらい経って夜光が脱落したら、”保証期間は過ぎているので”と、再度の有料修理となる場合もあったりするそうです。
格安オーバーホールは必ずどこかでコストをカットしていたり、基本料金だけは格安料金にしておいて、部品代や加工工賃で取り返しているような側面もあったりしますので、注意が必要です。
というわけで、針の補修も見積もりに加えることとします。
いよいよ内部の点検です。
受けの外周にローターが擦れてメッキが剥がれた箇所がありましたが、これは衝撃を受けると、その瞬間ローターがたわんで衝撃を吸収するため、一時的に受けと接触するからです。
点検の結果、ローター芯の磨耗はありませんでした。
問題なのは画像の箇所です。
穴石に以前注油されたオイルが茶色く変色しています。
当然、ここの3番歯車のホゾ(軸)が磨耗している可能性が高いので、交換が必要かを見極めなければなりません。
見積もりの段階で、こういった見極めができないと、後から交換部品が発生したことをお客さまに伝えなければならず、少なからず当初の見積もりに対して不信感を持たれてしまう恐れがあります。
例えば、最初安く見積もって受注したはいいが、そこから段々上乗せされていくのではないか?という不安です。
後になって交換しなければならない部品が判明しても、見積もりを伝えた後では上乗せされる事を伝えにくいため、部品を交換しないで”とりあえず保証期間さえ動けばいい”といった、その場しのぎの修理に走りがちな業者も多いのです。
時計の修理見積もりというのは、現物を拝見してからは勿論の事、最終的には分解してみないとわからないものです。
歯医者や病院に電話をかけて、以下のように尋ねる人はあまりいません。
”歯が痛いけどいくらで治る?”
”お腹が痛いんだけどいくらで治る?”
ちょっと極端な例かもしれませんが、いずれの場合も患部を診てみない事には軽症なのか重症なのかわかりませんからね。
時計だって同じです。
GMTマスターもオイルの変質があり、3番歯車軸の磨耗が疑われますが、穴石から覗いても交換が必要かどうか、正確な見極めは難しいものです。
というわけで、出来る限り正確な見積もりをするために、ロレックスの見積もりの場合は画像のように自動巻きローター部、歯車輪列受けまで外す事も少なくありません。
見積もりの際、裏蓋を開ける業者も多くなってきましたが、ここまで分解して点検するところは、そう多く無いと思います。
勿論、店頭にお客さんが持参して来た場合でも、お客さんにその場で待ってもらってここまで分解することも多いのです。
ここまでの分解→点検→組立なら10分くらいで出来ますから。
修理を外注に出している業者では、こうはいきません。
当社は見積もりでお待たせいたしません。
GMTマスターRef.16753の見積額の内訳は以下の通りです。
●オーバーホール¥28,350
●チューブ交換 ¥4,200
●3番歯車交換 ¥6,300
●2番歯車芯 研磨加工 ¥3,150
●夜行塗料補修(退色色調整)¥3,675
●サビ除去・防錆加工 ¥2,100
●風防交換 ¥4.675
合計 ¥52,450(※修理完了時の価格です)
3番歯車は、交換になるか、研磨で対応できるかどうか微妙なところでしたが、念のため高額になるほうの交換前提で見積もっておきます。
ここで重要な点としては、
1.ケースのサビの為、おそらく防水性能は確保されない可能性が高いこと。
2.風防を準備いただきましたが、風防の個体差やインナーベゼルの伸びがあると、純正と同サイズでも適合しない事があるため、その場合はこちらで風防を用意させていただく場合があること。
この2点を注意点としてお伝えしておく、ということです。
実際の修理の場合、経験の差と言うのは精度云々といったことよりも、こういった事を事前に予測できるかどうか、といった事に現れてきます。
ちょっと語弊があるかもしれませんが、これまでどれだけ失敗した経験があるかで、こういったネガティブな予測の能力が決まってきます。
こういった事を事前にお伝えしておかないと、”オーバーホールしたのに防水が効かないの?”、とか”こちらで用意した風防は使えないの?”と修理後に不信感をもたれてしまう原因となります。
(※防水の可/不可についての事前判断は非常に難しく、ケースのサビがよほど進行している場合以外は予測が出来ない事もございます。)
見積額をお伝えしたところ、快く承諾いただきましたので、早速オーバーホール作業に取り掛かります。
いよいよ修理に取り掛かる事になりますが、ここで問題発生。
日付によってカレンダーのジャストチェンジがうまくゆかず、画像のように中途半端な状態になり、午前6時から7時くらいにならないと、完全には切り替わらないという症状が見受けられたのです。
見積もりの段階で31日全部を針回しでチェックするわけにもいかないので、ごく稀に、こういったことが後になって判明することがあります。
しかし、この場合もさほど難しくない加工で修復する事が可能です。
まずは、この箇所から修理することにしてゆきます。
カレンダー送り不良は、オイル切れによってジャストチェンジ機構に摩擦が生じている場合も多く、このGMTマスターも例外ではなさそうですが、原因はそこだけではないようです。
画像は文字盤を外した状態で、文字盤のコンディションからすると、信じられないほど良好な状態であることがわかります。
ここから想像すると、サビや部品の大きな変形/破損によるものではなさそうです。
おそらく、オーバーホールに伴う洗浄と注油によってカレンダーのジャストチェンジは問題なく回復出来そうです。
しかし、ここで終わらせてはいけません。
実は、ジャストチェンジを阻害するであろう要因がいくつか存在しているのです。
洗浄と注油で済ませると、オーバーホール後の1年間ほどは問題なく動作するのですが、2年以上経過するとオイルの酸化と劣化が始まりますので、その結果わずかながら抵抗が増え、再びチェンジしきらないという現象が再現される可能性があります。
新品より長い期間に設定する事は出来ないため、当社の保証期間は便宜上1年とさせていただいてますが、”オーバーホール後4年間は、湿気の混入や衝撃が加わるなどの事が無い限り問題なく動作する”ことを想定していますので、4年はノントラブルで済むようにしなくてはなりません。
そこで、考えられる対策は全て施しておくことにします。
まずはカレンダーディスクの歯先の形状をチェックします。
裏返して顕微鏡で観察すると、赤丸で囲んだ部分が変形してめくれあがっています。
かなり僅かな変形ですので、ちょっと見えにくいかもしれませんが、これでもジャストチェンジを妨害する要因となり得るのです。
このような変形はどうして起こるのでしょうか??
おそらく、カレンダーが変わるタイミングの時間に針が表示されている(21時〜2時)にカレンダーの早送りを行ったためでしょう。
この事例は、以下の当社Q&Aページ:Q2で記事にしてますので参考にしてください。
→ロレックスの相談室:Q2参照
個人的には、一般的な時計にカレンダーは不要で、カレンダーは”百害あって一利あり”といった類のものではないかと思っています。
当社では画像のようにカレンダー関連の部品を純正パッケージ入りで在庫しておりますので、完璧な修理が可能です。
”よって部品交換が5個必要になりますので、部品代だけで¥50,000になります。”
しかし、そんなわけはありません。部品交換しないで修理可能です。
どうしても交換が必要になった時の為に、純正部品も在庫してますよ、ってことです。
百貨店やメーカーは、出来る限り再修理のリスクを減らすという使命があるので、ある程度部品交換が多くなるのはいたし方ない面もあります。
私もそのあたりは良く理解してます。
その昔は老舗店の時計修理部にいましたから。
カレンダー盤のバリは、リューター+ワイヤーブラシの組み合わせで削り取ります。
ここで肝心なのは、ワイヤーブラシを当てる角度、強さ、時間などによっては、部品を弾き飛ばしてしまったり、日付のプリント面を剥がしてしまう恐れがあります。
文面では表現しにくいのですが、”角度は浅く、力は軽く、短い時間で少しづつ”という感じでしょうか。
デイトジャスト機構のカレンダー修理は、もう一箇所ポイントがあります。
カレンダーがズレ無いように、文字盤の枠内で正確に表示されるように制御している、”曜約制バネ”という部品があります。
カレンダー盤の歯と接している、穴の開いた山型に見える部品がそれです。
このバネ、テンションが弱いとカレンダーを枠内に留めておくことが出来ずに表示がズレ、逆に強いとカレンダーを送りきらない為、やはり表示がズレてしまうという症状を引き起こします。
どうもこのGMTマスターの場合、テンションは強めなようですので、若干弱めるセッティングにすることにしました。
全体的には、矢印の方向にバネを曲げてやるのですが、当然曲げ過ぎるとバネは弱くなってカレンダーを正しい位置にキープできなくなりますので注意が必要です。
また、曲げる箇所は根元に近い部分になるのですが、これも経験を積んで位置を把握するに限ります。
ここで怖いのが曲げすぎてバネを折ってしまうことですが、この失敗を経験しないと、”どこまで、どのように曲げると折れるのか”という感覚を身につけるのは難しいでしょう。
ロレックスの部品は大変高価です。
一度失敗した後、自分のお金で部品を買えば、「痛い教訓」として前回の失敗の原因を追究し、次は絶対失敗しないようになるんではないかと思います。
回転ベゼルの下には、風防を固定している”インナーベゼル”があります。
風防を固定しつつ防水性能も確保する役割を果たしているので、かなりの圧力で圧入されています。
ここで声を大にして言いたいのは、不適切な方法でこのインナーベゼルを外している業者があまりにも多いということです。
非常に多いのが、画像のようにコジ開けを差込み、そのまま一方向だけに力を加えて、文字通り”コジる”パターンです。
”コジ開け”と通称されていますが、コジったらダメなことぐらい分かるでしょうに・・
一方向からだけ大きな力をかけると、このインナーベゼルが、わずかながら伸びるのです。
そうすると防水性能が無くなるのは勿論、最悪の場合は回転ベゼルの動きに支障をきたす事になります。
ロレックスのベゼルを外すには、このような専用工具を使用します。
右側のハンドルを回すと、四つ爪が同時にベゼルとケースの隙間に喰い込み、ベゼルを歪ませることなく、均等にケースからベゼルが浮いてきます。
その後は位置を変えながら、浮いた隙間へ均等にコジ開けを差し込んでベゼルを取り外します。
ただし、この便利な工具も最初に爪とベゼルのセット位置が適切でないと、ベゼルそのものに爪が喰い込んでひどいキズを付けるだけでなく、ベゼルを歪ませてしまったりするなど、それこそ本末転倒の憂き目に遭います。
この工具を持たずにロレックスのオーバーホールを行っている業者も多いようです。
それなりの価格の工具ですから、日本ロレックスの半額程度でオーバーホールを請け負うようなところですと、こういった工具にまで予算が回らないのでしょう(全ての業者とは言いませんが・・)
ただ、技術が必要で作業に若干手間がかかりますが、この専用工具を使用しなくともベゼルを安全に取り外す方法もあるんです。
しかし、その方法を安易に真似ると、それこそケース、ベゼルともにダメージを与えてしまいますので、ここで紹介するのは控えさせていただきます。
無事インナーベゼルが外れたら、次はリューズチューブの取り外しです。緑青が発生して固着していますので、取り外しの際に中間でネジ切れてしまい、ケース側に残ってしまう可能性があります。
それを防ぐには、あらかじめ画像のようにアルコールランプで炙って緑青を焼き潰してやることが必要になります。
この作業のポイントとしては、金属に焼きを入れるのが目的ではありませんので、低温になる火炎の下の部分で比較的長時間炙ってやる事です。
そうすれば焼きが入ることによるケースの塑性変化や変色を極力防ぐことができます。
リューズチューブを外す際には、チューブ内側に刻み込まれたローレット(ギザギザ)と的確に噛み合う、画像のような専用工具を使用します。
画像は、新品チューブの内側を拡大したところです。古代アステカ文明の壁画に描かれた太陽のようなローレットが確認できますね。
しかし、またもや問題が発生しました。
このGMTマスターの場合、過去に不適切な工具で取り付けをされたせいか、このローレットがすっかりナメて(削られて)しまっているのです・・
ハムラビ法典ではありませんが、この場合に限って、不適切な工具には不適切な工具で対処します。
大工道具のキリの刃先をヤスリで落としてやり、バフでバリを削り取り取った工具を作成します。
そのなまくらキリをチューブに押し込みながら半時計方向に回してやります。
この際に重要なのが、回す方向にばかり力をかけないということです。
押す力が7〜8割、回す力が残り2〜3割といったところでしょうか。
回す力が大きいと、いくら刃を落としたとはいえ、チューブ内面を削るばかりでちっとも外れてくれません。
このキリ改造工具、ここで紹介されたからといって、プロは安易に真似しないでください。
ちゃんと前回紹介した専用工具がありますから、そちらを購入してください。
キリ改造工具を使用して、ねじ込まれているチューブを外そうとするものの、かなり強力にねじ込まれているか固着しているらしく、なかなか緩んでくれません。
こんなときは、前回よりもう少し上部(温度の高い)のアルコールランプの炎で炙ってやり、押す力も前回より若干増やしつつ、ゆっくりと反時計周りに回します。
すると、チューブは外れ・・・てくれませんでした!、なんと、途中でちぎれてしまい、一部がケースに取り残されるという最悪の事態に!!
取り残されたチューブの残骸は、画像のような状態になっています。
拡大してみますと、薄皮一枚で残っているのがわかります。
この残骸は、尖ったケガキ状のもので剥がす様にしていっても除去できますが、ケース側のネジ山を傷める可能性もありますし、何より面倒です。
専用工具はネジ切りタップを使用します。
前回の画像でもわかるように、チューブの残骸は皮一枚残っているだけで、しかも材質は真鍮ですので、残骸を除去しつつ簡単にネジ山を回復させることが出来ます。
ここで重要なポイントがあります。
タップの直径は一般的な2.5mmなのですが、ピッチは0.25と、かなり狭いものが使われます。
一般的に市販されているタップのピッチとは異なる事が多いので、汎用品を使用するとケース側のネジ山を傷める事になり、最悪はケース交換の憂き目となりますので、ご注意ください。
こういった専用工具を所有せずに、ロレックスの修理を請け負う修理店もあるようですが、いったいどういう道具を使って修理しているんでしょうか??
極端な例え方をすると、こういうところって、むかしのマンガのように手術室にノコギリやノミが置いてある外科病院みたいなもんでしょうか・・
タップでネジ山の再生をし、上記で紹介したチューブ用工具で新品チューブの取り付けも無事終了したら、今度は風防の交換となります。
GMTマスター16753の風防は、純正部品番号”116”です。
画像のようにROLEX純正部品も取り揃えてあります。
まずはケースに風防をセットし、インナーベゼルを載せてみて適合具合をチェックします。
ここで軽く素手でインナーベゼルを押し込んでみて、画像のように風防高さの半分くらいまで入るようでないと、最終的に圧入器で押し込んだ場合、圧力に耐え切れずに風防のフチが割れてしまうのです。
しかし、またもやここで問題が発生・・・
インナーベゼルを載せただけで半分まで入ってしまい、素手でも楽々下まで押し込めてしまうのです。
これだと逆に風防が割れる事は無いのですが、ケースと風防の間に隙間が生じ、防水は勿論の事、気密も保てずに湿気が混入してしまい、文字盤の変色や剥離の原因となるのです。
上記で紹介した4つ爪の専用工具を用いずに、コジ開けで無理矢理インナーベゼルを取り外すとインナーベゼルが伸びてしまい、こういった事態を招くのです。
対策方法として、延びたベゼルを縮める方法を想像するところですが、本格的に鍛造でもしない限り金属を縮めるのは不可能ですし、固定方法が圧入で、さらには防水性を確保する必要があるくらいのテンションが必要な為、一度切断して削った後、その部分を溶接やロウ付けをしたとしても絶対に元の強度は出ないどころか、間違いなくそこから破断してしまいます。
ここは”パンが無ければケーキを食べればいいのだ!”的な発想の転換を図ってみましょう。
風防の台紙パッケージに”大”という表記がされていますね。
Ref.16753用の写真を撮り忘れてしまったため、これはRef.1501用の社外品風防なのですが、外径29.5mm/内径28.5mmと、外径だけが純正より0.15〜0.2mm前後大きく成型されています。
延びてしまったベゼルに合わせて、こういった社外品風防を適宜使用するのです。
0.1mmまででしたら外周を削っても実用上問題無いので、ベゼルと現物合わせでスリ合わせを行いながら削る事も珍しくありません。
ロレックス純正部品にこだわるあまり、製造年代が古く劣化した風防を使用し、風防部分から湿気が侵入して文字盤を変色・劣化させるよりは、社外品でも機能性を重視するような修理を、弊社ではおすすめしています。
このところ、日本ロレックスがオーバーホールを受け付けない事が多くなった4桁品番のロレックスの場合、こういった社外品パーツを効率良く使用してゆかないと、修理が成り立ちません。
勿論、社外品パーツとして販売されているものの中には、明らかな粗悪品もありますので、パーツの品質や適合を見極める”眼”を持っていないと最悪の結果を招く、ということだけは肝に銘じておかねばなりません。
外径の大きな風防をセットし、万力に似た押し込み器でベゼルを装着しますが、今度は”きつ過ぎないか”という事を見極める必要があります。
画像のような、風防部分には当たらないよう、外周のみでベゼルを圧入できる樹脂製のコマを使用して慎重に押し込みますが、風防の径が大きすぎる場合に無理に押し込むと風防にヒビが入ったり、インナーベゼルが風防交換でも対処しきれないほど延びてしまう事もあります。
インナーベゼルの延びが限界を超えると、その上に装着される回転ベゼルが回らなくなってしまうという事態となります。
また、風防にヒビの入る箇所はベゼルに隠れてしまう部分ですので、割れたのに気づかないで修理完了としてしまったりする業者もあるようです。
押し込み器でインナーベゼルを押し込む際に、ハンドルの力加減がちょっと妙な固さであったり、”ピシッ”という風防の割れる音を聞き逃したりしなければ、簡単にわかる事なんですが・・・
当然防水検査は不合格となりますが、こういったミスを見逃したまま、”アンティークですから防水は効きません”の決まり文句で逃げるといった"方法”もあります。
この部分がヒビ割れたままですと、湿気がモロに文字盤を直撃し、文字盤の劣化や剥離につながります。
相場の高騰した4桁品番のビンテージロレックス(特にスポーツモデル)にとって、文字盤の劣化は致命的です。
いかにロレックスといえども、年数を経るとケースのサビ跡や歪み等で防水が効かないということは起こり得る事なのですが、必要な手段を講じず、どの部分が不良なのかを見極める眼も持たないで、簡単に防水不良だと言って欲しくは無いものです。
インナーベゼルを圧入したら、次は回転ベゼルをセットします。
この際、回転ベゼルの裏側にグリスを塗布するのですが、新品に近い状態のベゼルを分解すると、白っぽいグリスが塗布されており、シリコングリスであることは想像できるのですが、かなり粘度が高く一般的なグリスとは異なるものである事がわかります。
このグリス、BERGEONから同等の物が販売されているのですが、少量ながら結構高価です。
というわけで色々と検討した結果、ここは代替品を使用します。
画像のチューブは、自動車整備工場向けに販売されているシリコングリスです。
自動車用のシリコングリスは、金属は勿論の事、ゴム、プラスチック等の様々な材料に対しての攻撃性が低い事で知られています。
その点から、回転ベゼルに使用しても問題無いと判断しました。
専用品と比べると若干粘度が低い点が気になりますが、強い水流に長時間さらされなければ流れ落ちるような程ではありませんし、以前紹介したように4年以上使用するとホコリやゴミがたまり、専用品であってもグリスの効果があまり無くなるため、次回のオーバーホールまでは充分有効であると思います。
このグリスを、ベゼルスプリングと接触する回転ベゼル裏側部分へ的確に塗布します。
この際、注射器そっくりですが針先部分だけがパイプ状になっている”インジェクター”と呼ばれる道具にこのグリスを充填して使用すると、実に絶妙な量を、早く適切な位置に塗布することが出来ます。
自動車用の用品は、時計用と比べて需要が比較にならないほど多いため大量に生産されるせいか、同等の物であれば、やはり比較にならないほどの安価で流通させることが可能です。
このシリコングリスも専用品より非常に安価ですので、オーバーホール料金に転嫁しないで済ますことが出来ます。
このグリスも、自動車整備士の知人から教えてもらいました。
これからも様々な業種の方たちと交流して時計修理に応用できる情報を会得してゆきたいと思っております。
最後は針の補修ですが、針を交換しないで夜光の補修を行うには、一度夜光塗料を全て落として再塗布するのが最良の方法です。
しかし、今回はオーナーさんから出来る限り元の状態を維持したいとのご要望があり、完全に剥離する事は避けて、蓄光塗料をひび割れ部分に塗って埋め込む方法を採用します。
ご存知のように、市販されている状態の蓄光塗料はグリーンがかった色味をしており、これをそのまま塗布したのでは、文字盤のインデックスに塗布されている退色した(焼けた)夜光塗料とあまりに違った風合いとなってしまいます。
一部のアンティーク時計で、こんな感じでセンスの無い補修がされているのを見かけますが、このような場合は完全に剥離して再塗布する必要があります。
このパウダーを何種類も混ぜて、狙った色を作成するのは何よりも経験が物をいいますが、こういったテクの場合、私の場合は時計修理よりもよっぽど経験が豊富なプラモデル塗装の技術が活きてます。
※作業可能なのは針だけで、文字盤への塗布は不可能です。また、夜光の色合い/色調に関しては全てノークレームでお任せいただく事になります。
パウダーをブレンドし、出来上がったのがこの色です。
焼けた色に合わせてパウダーをブレンドするのは、色味によって配合率が変わってきますので、経験とセンスによって行うしかないのですが、一つだけコツをお伝えしましょう。
それは、”迷ったら薄めに”ということです。
色味が濃いと、周りとの相違が一発でわかってしまうのですが、薄いと目立ちにくく溶け込み易いのです。
もちろん、それにも程度というものがありますので、あまり薄いと違和感ありますけどね
このパウダーを溶剤とブレンドし、針の裏から均一に塗布すると、隙間はもちろん全体に染み渡るので、古い塗料の剥離や脱落も防止することができます。
※作業可能なのは針だけで、文字盤への塗布は不可能です。
また、夜光の色合い/色調に関しては全てノークレームでお任せいただく事になります。
画像はブレスのクラスプ部分(=金属ベルトのバックル)
ですが、上部のツメの端が下方向へ折り曲げられているのがわかります。
この折り曲げタイプのクラスプは、使用しているうちに留めが甘くなり、ちょっと引っ掛けるだけで外れ易くなってしまいがちです。
そのため、ユーザーさんの中には、ペンチなどでこの部分を画像のように曲げ加工をする方がいらっしゃるのですが、まず一番に調整すべきはこの箇所ではありません。
何より、ペンチで掴むのでツメの表側が酷いキズだらけになります。
クラスプの固定調整は、互い違いの曲げ板で構成されている三つ折れ部分の曲率を変えることで行います。
曲がっていたクラスプのツメ部分を、元の状態になるように曲げ戻し、さらにペンチでキズになってしまった部分にバフをかけて、キズを消して終了です。
順序が逆になってしまいましたが、ツメの曲げ戻しは三つ折れカーブに手をつける前に行なわなければいけません。
でないと、必要以上に三つ折れのカーブを曲げてしまうことになります。