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ロレックス サブマリーナのオーバーホールなら(有)友輝 全国配送対応
時計修理工房(有)友輝
格安・激安オーバーホールの危険性
ロレックス サブマリーナ Ref.16613 オーバーホール
それは、ある日の電話から始まりました。
お客様:「サブマリーナのオーバーホールをお願いしたいのですが」
私:「ありがとうございます。現在、何かしら異常がみられるのでしょうか?」
お客様:「1年ちょっと前にオーバーホールしたのですが、どうにも調子が良くなくて・・」
私:「弊社で受け付けるとなると再びオーバーホールとなりますし、1年くらいでしたら、以前依頼されたお店へ相談されれば何かしらの対処をしてくれると思いますので、そちらに尋ねてみるのが最も良い方法かと思いますが、いかがいたしましょう?」
お客様:「1年過ぎた時点で、保証期間は過ぎているからと取り合ってもらえず、前回の依頼の時点の際から抱いていた不信感が決定的となったので、もうそのお店には頼みたくないんです。」
私:「了解しました。その年式のサブマリーナの場合、当社の平均として¥38,880〜¥43,200前後の費用がかかる事が多いのですが、それでよろしければ一度正確なお見積もりを出しますので、一度現物を拝見させていただければと思います。」
そして送付していただいたのが、このサブマリーナです。
まず、裏側の拡大画像を見てもわかるように、一見して汚れが相当付着しています。
予測不可能なゼンマイ切れなどで、オーバーホールから1年前後経過した時計を再び見る機会もありますが、使用状況による個体差は相当あるものの、ここまで汚れが固着していたものは見たことがありません。(オーバーホールの際、きちんと超音波洗浄したのかな???)
また、回転ベゼルには独特の”カチカチ”というクリック感が無く、さらには逆回転してしまいます。(これでは、酸素切れで溺れてしまいます・・)
さらに、ゼンマイを手巻きした感触も重く、測定器にかけても計測が不可能な状態です。
この時点で既に「これは相当いいかげんなオーバーホールをされたな・・・」と思いましたが、これは前哨戦、序章に過ぎなかったのです。
ベゼルが逆回転してしまう事で暗い気分にさせられましたが、気を取り直して文字盤を観察すると・・・
あぁ、秒針の中心部分に無数のキズがついています・・
これは、手入れを怠ったピンセットで、力加減にも気を遣わずに秒針の表面をつかんだ事が原因かと思われます。
傷をつけないために時計の針はサイド部分を挟むのが鉄則ですが、掴む面積が極端に少なくなるので、ピンセットの先が完璧に合わさる様に研ぐ事が不可欠で、掴む力加減も大変微妙なものが要求されます。
さらには、この作業者は老眼が進行していて、惨いキズをつけたのにすら気づいていない可能性すらあります。
超音波洗浄したのだとしたら、とても1年経過しただけとは思えないくらい汚れた裏蓋を開けて、OHの日付サインをチェックしようと思ったら、サインがどこにも無い・・・・
裏蓋の内側は何も手が入っていないおかげで、まっさらの新品状態でした(笑)
現行ロレックスの場合、裏蓋を開けた後は、まずローターを外すのですが、ローター芯の中心部が赤くなっています。
拡大画像を見てもわかるように、これは赤サビです!!
よっぽどの湿気が混入しない限り、OH後2年くらいではここまでサビる事はほとんど無いんですが・・・
ただし、オーバーホールの際にきちんと注油されていなければ、その限りではありません。
もう何が出てきても驚きません。そんな心構えでムーブメントの分解に入ります。
傷の付いた針を外し、奇跡的に一切ダメージの無い文字盤を外そうと、ムーブメント脇の文字盤固定ネジを緩めようとしたら・・・・
ネジの周りが5時から10時のところにかけて、周辺のメッキ色とは明らかに異なる金色になっているのがわかりますでしょうか?
これは明らかに径の大きいドライバーを突っ込んで回したために、地板を削ってしまい、真鍮の地金が出てしまった状態です。
お願いだから回す前に気づいてください・・・
ムーブメント各所に付けられた無数のキズやネジの笑いに対して、いちいち憤っていたのでは作業が進まない事を悟り、努めて平静さを保ちながら分解してゆく事にしました。
しかし、いよいよ分解のラストに近い分針カナを取り外すにあたって、平静を保つことは不可能となりました。
分針カナ受けの穴石が割れている・・・
これまでcal.3135のオーバーホールを相当数手懸けましたが、ここの穴石が割れているのは見たことがありません。
3階のベランダからコンクリートに落下したロレックスを分解した事がありますが、それでもこの部分は割れていませんでした。
(当社註:その後落下による衝撃でこの穴石が割れたと確認できる症例がありましたので、このサブマリーナも衝撃を受けた可能性があります)
この穴石が何故割れてしまったのかを考えてみます。
起こった故障、不具合に対して対処するのが修理という事になりますが、”どうしてこうなったのか”という原因を考察しないと、再び同じ故障が起こり得る可能性を排除出来なくなりますので、この点は今後の修理にあたって大変重要なポイントとなります。
この穴石にハマる部品は、分針の入る”筒カナ”と連結されます。
破損の原因は、どうもこのあたりに理由がありそうです。
割れた穴石の原因究明に戻ります。
cal.3135をいくつもオーバーホールされている方なら同じ経験をされているかと思いますが、筒カナを取り付ける際、最初にセットする位置によっては上手く押し込めない事が多々あります。
画像は押し込む前、中心軸に筒カナを仮セットした状態です。
この場合、仮セット状態から筒カナを一度抜いて、筒カナと中心軸の位置(回転方向の角度)関係を変えてやると、すんなり押し込める角度があります。
恥ずかしながら、この位置関係については未だに法則性を見出す事が出来ておらず、「角度を変えてみて、押し込む際の感触で判断する」という方法に落ち着いています。
さて、穴石の割れた原因ですが、筒カナを上手く押し込む事の出来ない位置のままであるにもかかわらず、力任せに筒カナを押し込んだため、裏側に位置する穴石に過大な負荷がかかって穴石が割れた可能性もあります。
時計の部品を組み込む際、何かがおかしくなってない限り、力技が必要な場合など無いのです
ある一定の力を加えてもダメな場合、”何かがおかしいからに違いない”と気づかないといけないですね。
穴石が完全に砕け散っておらず、停止するまでには至らなかったために気づかなかったのだと思いますが、必ずテンプの振り角や持続時間に異常が発生していたはずです。
こういった部分は確認しない(出来ない!?)作業者だったのでしょう。
こんな箇所の穴石、通常破損する部分ではありませんので交換したことがありません。
旋盤を使用して真鍮で穴金を作成すれば、ひとまず動作を回復するとは思いますが、秒針が接続される歯車と接触する箇所ですので、摩擦抵抗の増大という点で大きな不安があります。
また、このカナの地板側の穴金と同じベリリウムカッパーで作成すれば、耐摩耗性は真鍮より遥かに向上すると思われますが、ベリリウムカッパーでの穴金作成は何度か試したものの、未だ試作/実験の域を脱しておらず、穴を開ける方法や固定する方法など、未知数な要素も大きいのであります。
純正部品を発注しても届くのに時間がかかるうえ、確実に入手できる保証はありませんので、本当に困ってしまいました。
割れた穴石の対策として、代替部品作成を含む様々な方法を考えました。
しかし、私がお世話になっている旋盤/部品作成の名人の方へ、失礼かもしれないと思いつつも、ある種の確信がありましたので思い切って質問した事を思い返しました。
私:「でもやっぱり、純正部品が入手出来るのなら、そちらを使用するのがベストなんでしょうか?」
名人:「ああ、勿論だ。純正部品にはかなわないよ」
躊躇することの無い即答でした。
この時の事を思い出し、純正部品を入手するべく努力する事にしました。
代替部品で加工するのは、どうしても入手出来ない時まで待たなくてはいけません。
また、代替部品を使用する際でも、後に純正部品が入手できた場合に備えて入れ替えが可能なようにしておく事が重要です。
周りの部品や地板を削る事は、最も避けなければいけない手段です。
まずは膨大な部品の中から、リストを使って穴石の品番、3135-9335をチェックします。
そうしましたら、当社の保管部品の中からあっさり見つかりました・・・
私に部品をまとめて譲ってくれたIさん、こんな部品まで購入していたとは感謝感謝です!
無事に穴石はありましたが、これを正確に取り付けるのが、これまた難しいんです。
私が実際に見聞きした限りでは、ほとんどの巷の修理屋さんでは、ポンス台とタガネを使って穴石を打ち込んでいるようですね。
しかし、ポンス台を使用すると、正確な位置決めが困難なだけでなく、最悪の場合は穴石を割ってしまいます。
物性としてはガラスに近い人工ルビー製ですから、瞬間的な力が加わると、伸びや粘りといった変化が起こらないために割れてしまうんですね。
そこで、穴石の取り付け専用工具が登場します。
弊社では、画像のように3種類の工具を取り揃えており、全て同じように正確な取り付けが可能ですが、使い勝手の良さから、現在ほとんどの場合は一番手前のマイクロメーター付きのものを使用しています。
他の2種は、豊富なアタッチメント(コマ)が活躍しています。
マイクロメーター付きのものは、現在新品で購入すると大変高価なため、私も長らく購入をためらっておりましたが、スイス旅行の際に現地の時計市で、運よく新品の半額以下で購入することができました。(しかも現行品より確実に造りが良い)
この工具、他にも興味を示して値段交渉している人がいましたので、その人がいったん場を離れた途端、即決で値引き交渉なしの現金で購入しました。
まずは石を押す方のコマと、地板、受け板を支える方のコマを的確に選別することが重要です。
この選定を誤ると石を割るだけでなく、最悪の場合は地板や受け板を変形させることになります。
上部にセットするコマは”穴石と出来る限り近い径で、ほんの少しばかり径を小さく”、下部の受けコマは”石より確実に径を大きく”というのが基本となりますが、大きすぎると地板や受け板の段差などを傷めるので、これもやはり見極めが重要です。
コマの選定が終わって工具に装着したら、受け板に穴石を乗せて、少しばかりピンセットで押し込んで”仮セット”します。
実はこの仮セットが大変重要なのです。
この段階で、穴石の下部が”ほんの少しだけ、しかも平行に入っている”状態でないと、確実な装着は不可能です。
穴石高さの3/4程度まで入ってしまうようだと、緩すぎて使用中のショックなどにより外れる恐れがありますし、逆に全く入らない状態のままだと、工具で押し込んでも穴石を割ることになります。
さすがに現行ロレックスの純正部品でしたので、そういった心配は皆無でしたが、古い時計などで穴石を選んで装着する際は、こういった見極めが必須となります。
確実にセット出来たら、マイクロメーターハンドルを少しづつ回して穴石を押し込んでゆきます。
この際、わずかでも引っかかるような違和感を感じたら、すぐに手を止め、穴石の平行が保たれているかをチェックしないといけません。
もし、わずかでも傾いているようだと、そのまま押し込めば確実に穴石を割ります。
どこかに不具合がありますので、その点を解消してから再トライしなければなりません。
最後まで押し込むと、受けコマと穴石の下部が接触し、ハンドルの感触が微妙に変化するのがわかります。
かなり微妙な感触ですが、この感覚がつかめないようだと、そのまま押し込み続けてしまう事となり、やはり穴石を割ります。
この感覚がわかれば、HORIAタイプのほうが作業が迅速に進みます。
欧米では、手間はかかるがミスも防げるマイクロメーター+ストップ機構を備えたSeitz式も多く使用されていますが、日本人は圧倒的にこのHORIA式を好むようです。
道具に頼るか、手先の感覚に頼るか、このあたりに理由がありそうな気がします。
穴石のセットが無事完了し、内部のオーバーホールには目途がついたのでベゼルを外し、クリックと逆回転防止機構の回復を図ります。
Ref.16613のベゼルはYGですので、使用に伴う傷、凹みなどは少なからず発生しますが、ガラスを固定する役割のインナーベゼルは内側にありますし、SS製ですのでそういった事はありません。
しかし、あり得ないはずの事が起こっていたのです。
画像は外したインナーベゼルを裏返したものですが、1〜2時位置の外周が2か所歪んでいるのがわかりますでしょうか。
いったい何をしでかしたんでしょうか・・・
この歪んだ部分を側面から見ると、何をしでかしたのかが推測できます。
爪を柔らかい木に押しつけた時のようなキズと凹みがついているのがわかりますか?
これは、こじ開けでベゼルを外そうとしたものの、こじ開けの先端をケースとベゼルの隙間ではなくベゼル本体に突っ込み、更に悪い事には、その状態でこじ開けの尾部をハンマーなどで叩いたからでしょう。
そうでないと、ここまでの深さのキズはおろか、ベゼルが歪んでしまうなんてことにはならないでしょう。
ベゼル取り外し専用工具の取り扱いを間違えても同じような状態になりますが、その他の部分のいいかげんな取り扱い状況から察するに、とても専用工具を所有しているとは思えないので、こじ開け+ハンマーでやらかしたのだと思われます。
強力な馬鹿力で痛めつけられたインナーベゼルは、当然の事ながら淵が歪んでます。
それでも結局最終的には、こじ開けを突っ込むことに成功したようです。
何で判ったかって??
だってケース本体の5時位置に、はっきり跡が残ってますから。
このインナーベゼルの傷と歪みなんですが、下部および内側という事もあり、回転ベゼルの動きは阻害していないことが判明しました。
ベゼルが逆回転しちゃうのは、クリックバネが回転ベゼル内側の溝にかみ合ってないんですね。
というわけで、これらのキズや歪みは最終的には目視できる箇所では無いので、不本意ながら、基本的にはそのままとします。
インナーベゼルなんて、あそこまでやられたら形状が変わるまで削るか、新規作成しかありません・・・
でも、心ばかりの手直しはやります。前のNG作業者の痕跡を出来るだけ消し去りたいものですから。
まず、割りばしなどの先をマイナスドライバー形に削り、その先に短冊状に切った#240〜#320くらいのサンドペーパーを巻きつけます。
次に、ケース、ベゼルを旋盤の三つ爪チャックで固定し、比較的低回転で回転させます。
段差部分などに引っ掛けないように注意しながら、回転しているケース、ベゼルにサンドペーパー部分をを当てて、ヘアラインを入れ直す感じで傷を目立たなくしてゆきます。
インナーベゼルを装着すれば、画像のように見えなくなるとはいえ、なんとも後味は良くないものがあります。
内/外装ともにNG部分の修正がほぼ終了したので、ムーブメントを組み上げておりましたところ、テンプのアミダにシミが付いているのを見つけました(5時と11時方向のアーム部分の端っこが、ちょっと色濃くなってます)
洗浄し切れなかった汚れやオイルカスが、このようなシミ状になって残ることもありますので、自動洗浄器を過信し過ぎないで、目視で最終チェックする事が必要です。
まずはロディコでそっと触れてみます。
あれ、シミの形状が変化無い・・・
次にテンプ洗浄専用の高価なクリーニング液を使用して除去を試みますが、全く何も変化せずに、シミはこびりついたままです。
全然除去出来ない???
このシミの正体はいったい全体なんでしょう??
さて、上記のシミの正体ですが、これは2液エポキシ接着剤です
。
では何故あんなところに接着剤が塗布されていたのか?
これはおそらく、時間調整用マイクロステラスクリューを回す専用工具を所有していないので、接着剤の重量でテンプの慣性モーメントを増大させ、やや遅れの方向に持って行こうとしたのだと思います。
このずさん極まりない処置を見た時の驚き、怒り、悲しみは、とてもこの場だけで表現できるものではありませんでした。
2液エポキシの接着力を低下させて除去するのに最も効果的な方法は、加熱する事です。
火に掛けるまででなくとも、沸騰したお湯で数十分煮込む程度で接着力は低下しますが、このcal.3135のヒゲゼンマイや振り座などは、一度取り外すと再装着が困難な構造なので、出来るだけ外したくないところです。
また、専用の剥離剤なども存在しますが、精度に直接影響する部品ですので、それらの部品への攻撃性を考慮すると、やはり使用は避けたいところです。
そこで、楊枝の先を平たく削り、テンプは受けから外し、アミダに付いた2液エポキシを慎重にこすって除去していきます。
このあたりの力加減や楊枝を当てる角度などは、2液エポキシがどれくらいの固さか、またアミダにはどれくらいの強度で密着しているかを確実に把握していないと、なかなかわからないと思います。
私が時計の技術を説明する際に、出来るだけ使う事を避けている語句なんですが、最終的には”カンと経験”という事になると思います。
なんとかテンワに傷を付けることなくエポキシを除去し、所定の性能を取り戻し、画像のように見た目も相当回復させる事が出来ました。
ともかく、NG作業者のところで精度が遅れにならなくて良かったと思います。
なぜなら、遅れになっていたらこのNG作業者、間違いなくテンワを削っていたと思いますから・・・
前にも書きましたが、部品を安易に削らないで下さい。
後で自分の見立ての誤りに気づいても、削ってしまったものは絶対に元に戻せませんから。
格安・激安修理の危険性
機械式時計の動力源であるゼンマイが納められている”香箱”の内部です。
過去に他所でオーバーホールされた履歴のあるロレックスの香箱なのですが、何をどうやったら、こんなにあからさまな傷だらけの状態にしてしまうのでしょうか・・・
(ややピンボケなのは怒りに震えてしまって・・ということにしておいてください)
巷には堂々と”時計修理”の看板を掲げ、このように大変いいかげんな作業をして代金を貰っている業者が数多く存在します。
時計修理業は、医師や理容師のような免許制では無いため、基本的には自己申告制での開業となります。
そのため、技術力は業者によって千差万別であると言わざるを得ません。
さらに厄介なことに、切れたゼンマイさえ交換してしまえば、香箱内部をこんな状態にしてしまったとしても、”止まってしまった時計の動作を回復する”という最も重要な点においては、最大限の注意を払って丁寧なオーバーホールしている業者と、お客様へアピールできる部分は変わらないのです。
なぜ香箱をこんな状態にしてしまうのかを推測してみたいと思います。
回答から先に述べると、”ゼンマイ巻き込み器を所有していないので、ゼンマイを手で香箱に入れたから”です。
自動巻ゼンマイは、巻き切ったその時点からスリップを開始しなければいけないので、終端部が二股に分かれており、その一方は巻き切るまでは香箱の内側で突っ張らなければいけないので、ゼンマイより4倍ほど厚いバネとなっています。
このため、手で正確に香箱に納めることは事実上不可能であり、失敗しながら何度も無理に押し込めようとしたため、前回の画像のようにキズだらけになってしまったのだと思います。
画像はゼンマイ巻き器のセットですが、比較的高価なせいか、これを所有せずに時計修理業を営んでいる業者は数多く存在します。
私はこの業界で最初に入社したのは、さる有名店の時計サービス部だったのですが、驚くなかれその会社には、この工具は存在しませんでした。
切れたゼンマイを交換する場合は、香箱のサイズに合わせたパッケージに入っているので、この工具を使用しなくとも交換が可能なのですが、前述のように自動巻のゼンマイは、巻き切った後は香箱の内側に強い摩擦をかけながらスリップするので、耐摩耗性のあるグリスを定期的に塗布しなおす必要があります。
なのに、この会社では「ゼンマイが切れていなければ、香箱からゼンマイは出すな」という方針で作業が行われていました。
ゼンマイ巻込み器が無いのですから、当然と言えば当然なのですが、実はグリスの再塗布をしなくとも、一見しばらくは問題なく動作するんです。
しかし、長い目で見ればそこには非常に大きな問題が存在します。
前回の記事で書いたように、自動巻きゼンマイは巻き上がるまでゼンマイの4倍厚さのトルクで突っ張りつつ、ゼンマイが巻き上がった後に初めて、香箱の内壁をスリップする構造になっています。(手巻きと違って巻き止まりが無いのはこの部分の働きのためですね)
そのため、自動巻きの香箱は、この絶妙ともいえるスリップ現象を発生させるため、以下の画像のように、香箱内壁側面に凹みが3〜4箇所存在します。
巷に氾濫している激安手抜きオーバーホールでは、劣化したモリブデングリスを交換しないために、内壁とゼンマイの間に強い摩擦が発生し、その結果、以下の画像のように、無残にも香箱の内壁が削れてしまうのです。
自動巻きゼンマイと香箱の構造を理解していないが故に、劣化したグリスをそのままにしてしまうんですね。
さらに悪いことにスリップしないでゼンマイが突っ張るため、一時的にゼンマイトルクが増し、テンプ振り角が増すこともあります。
その結果、ホゾの磨耗や不適切なアガキ、天芯の不良といった重要事項が見逃されるといった弊害も招きます。
この状態の場合、わずかでもゼンマイがほどけると、たちまちテンプの振り角が落ち、精度に重大な影響を及ぼします。
劣化したグリスをそのままにし、削れた香箱を使用し続けると、長期的な面でさらに様々な問題が発生します。
画像のト音記号そっくりの物体は、自動巻きゼンマイです。
下方向に伸びている部分が、ゼンマイ本体より厚みがあるために、注油しないと香箱内側を削ってしまう部分です。
スリップを止めておくための凹みが磨耗して無くなってくると、当然のことながらゼンマイが常時スリップいたします。
ということは、以下の現象が発生します。
1.巻いても巻いてもゼンマイが自然にほどけていってしまうため、稼働時間=持続時間が極端に短くなる。
2.すぐにゼンマイがスリップしてしまうので、規定のトルクは出ず、テンプの振り角が不足します。
要するに「すぐ止まる」、「時間が合わない」という、時計にとって最も重要な点が問題となってくるのですが、厄介なのはその症状は1年くらいで顕著に現れて来るものではなく、虫歯のように長期に渡って症状が徐々に進行することです。
だから、ここで手を抜くんですね。
さらに、”手を抜く”といった悪意は無いものの、そういったことが予測/理解の出来ない修理者も多いので、”巻上げが足りないのでワインダーを使いましょう”とか、”機械式時計の精度はそんなものです”という言葉で誤魔化してしまう事にもつながるんです。
嘆かわしい事ですが、止まった時計をとりあえず動くようにしてお客様に渡す、”早い安い”が売り文句の安直オーバーホールは巷に蔓延しております。
もし私が今より安い値段でオーバーホールを行うとすれば、どこで手を抜いてもとりあえず大丈夫なのか、今回紹介した香箱以外の部分でも色々と知っていますんで、そのあたりも徐々に紹介してゆければと思っております。
この傷だらけにされてしまったロレックスcal.1570の香箱ですが、もちろん新品部品に交換するのがベストの選択です。
しかし、部品を外部に販売しないという最近の時計業界の流れにより、ロレックスの部品の入手は一般的には不可能です。
状態の良い中古の香箱ををいくつか所有していますが、外部からはこんな惨い状態になっているとは想像できず、見積もりにも含めていなかったので、ここは補修で対応します。
旋盤+段付チャックでくわえ込み、#400番のサンドペーパーを先端に貼り付けた木製の棒(割り箸等を平たく削っても可)で、軽く研磨してやります。
そうすると、以下の画像くらいまでには回復させてやることが出来ます。
それにしても、こんな作業はあまりやりたくはないものですね。
皆様のロレックスも、時計修理師を名乗る”壊し屋”に痛めつけられていないことを願っております。
激安・格安の裏に隠された真実
私がオーバーホールを行うにあたって、ロレックスのプラ風防は風防交換を行わない場合でも、必ず風防を外します。
ロレックスの風防はベゼルによって風防側面に圧力がかかる事によって固定され、尚且つ防水性が確保される構造となっています。
年数を経て風防に劣化が生じている場合、ベゼルを外すまでは目視で確認できない部分に、ベゼルの圧力によるヒビ、割れが発生している場合があります。
風防を外さないと、この部分にヒビ/割れが発生していても見逃す事になります。
そうするとどうなるのか?
ヒビ/割れの部分から湿気が混入し、ムーブメントは勿論、まず最初に文字盤へダメージを及ぼすのです。
当然防水不良となりますが、”古い時計ですので”といった文言で見過ごされ、裏蓋とケースに発生したサビによる原因の防水不良と思われてしまうのです。
風防部分にも出来る限りの処置を施した後でないと、簡単に防水不良の烙印を押してはいけません。
また、ベゼルとケースの間に発生したサビや溜まった汚れなども必然的にそのままとなるため、長期的に見て、時計に与えるダメージは計り知れません。
風防交換が作業に含まれていない場合、ベゼルと風防を外す工程は省いてオーバーホールを行う業者は多数おります。
私がこの目で見てきた事なのではっきり言いますが、特に中古で販売される”オーバーホール済み”と称する時計に、この部分がサビ、汚れだらけのままという場合が多いのです。
”オーバーホール済み”という時計が購入直後に不調となったために修理に持ち込まれ、ベゼルを外したところ、画像のような状態だった、なんてこともありました。
こういう販売前整備のオーバーホールは、ほとんど販売店から修理専門の業者に外注されています。
皆様が知ったら驚くような価格でオーバーホールを引き受けているのが業界の現状です。
私だって、そんな激安・格安の価格を提示されたらベゼルなんか外したりしません。
はっきり言って見えないところですから、そんな事をしていたら割りに合いません。
それ以前に、そんな価格では仕事を引き受けませんが・・
時計修理専門の業者でも、他所と比べて明らかに廉価でオーバーホールを行う所の大半の実状も、推して知るべしといったところでしょう。
私は自社のホームページに顔も名前も出した上で、以上の事をはっきり述べさせてもらいます。
もちろん、全ての販売店がいいかげんな作業をさせているわけではありません。
誠実なお店は外注業者さんにきちんとした対価を支払い、それに見合った作業をしてもらっている事も、ここでしっかり述べておきます。
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