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オメガ・スピードマスター3510.50のオーバーホール実例紹介/(有)友輝
時計修理工房(有)友輝
オメガ・スピードマスター3510.50オーバーホール
時計修理業界の嫌われ者(?)
通称”2階建て”と呼ばれているスピードマスター・オートマチックRef.175.0032/3510.50です。
嫌われるのは、過去様々な機構のクロノグラフのどれとも類似しない機構であるために、このムーブメント特有の注意点が存在し、それらに留意しないで組み上げると独特のトラブルが発生することがあるからです。
しかし、そういった機構を良く理解したうえで適切な対策を施してオーバーホールをし、ユーザーへ使用する上での注意を促せば、巷では”名機”で通ってるcal.861を搭載した手巻スピードマスターと比較してもトラブルが多いということはありません。
ただ、販売価格が廉価なせいか、お客様がオーバーホール料金を知った時点で、修理を躊躇してしまうのはいたしかたないと言え、我々修理業者にとっては欠点といえるでしょうか…
このムーブメント、3本のネジを外すだけで、簡単に通常のムーブメント(現行シーマスターやコンステレーションのムーブメントに採用されているETA2892)とクロノグラフユニットに分離出来るところが、通称”2階建て”と呼ばれる所以であります。
この形式のメリットとして、不動状態で持ち込まれた故障でも、時計部分だけを分離した後にゼンマイを巻いてテンプの振り角が250度以上あれば、停止の原因はクロノユニット側にあることがわかり、原因追求や見積もりがし易いといったことが挙げられます。
でも、このムーブメントの不調の原因は、ほとんどの場合3つぐらいなものなんです。
そこさえ押さえていれば、見積もりを誤る事はほとんど無いといっても過言ではありません。
このムーブメントは、時計ユニット中心部の4番車から延長された歯車(画像中心に見える赤みがかった歯車)によって、全てのクロノグラフ機構を駆動しているのが特徴です。
従来からのクロノグラフも4番歯車から動力を得て、分と秒の積算計を駆動しますが、12時間計はゼンマイが納められた香箱からダイレクトに動力を得ているのです。
まずは、この特徴的な動力伝達の構成を理解することが、オーバーホールを行う上での大前提となります。
このムーブメントで不調を訴える場合、「リューズ操作してゼンマイを手巻きしても停止してしまう」ということが多いのですが、
その場合90%以上の確率で、上の画像の赤丸で囲ったクロノユニット部の中心に原因があります。
下の画像はこの部分の拡大、分針の付くカナ車を外したところですが、ビッシリと赤サビが付着しています。
こうなってしまうと、4番歯車から伝えられる微細なトルクでは停止してしまうのもいたしかた無いことがおわかりいただけると思います。
この例は特にサビの酷い事例ですが、ここまで進行する前に時計が停止することも多いようです。
不動状態に陥る前段階として、”1日中装着して夜に時計を外したら、翌朝には停止していた”(巻上げは充分ということ)、”または、サビの抵抗によってテンプの振り角が不足し、歩度に狂い(進み、遅れ)が生じる”、といった症状が出ていたはずなのですが、不動になってから持ち込まれる場合がほとんどです。
ここからの作業として、サビを除去し、カナ車を交換することによって動作が回復しますが、その前に、「なぜ、この部分にだけサビが発生したのか」を考え、その要因を排除する必要があります。
そうでないと使用するうちに再び同じ症状に陥り、お客様からすると「やっぱり直ってない、あの修理屋はダメだ」ということになってしまうからです。
どんな使用をされたとしても、100%故障しない修理が出来るのであれば、機械に対して物理的に対処し「ハイ、直りましたよ。修理代金は〜万円です」だけで良いのですが、修理人は”なぜ、こうなったのか”を全ての故障事例に対して考察し、お客様に対して適切な使用のアドバイスを出来るようでなければいけません。
では何故サビが発生するのか?
結局は湿気の混入という原因に落ち着くのですが、それは誰でもわかります。
問題は、何故中心カナの内側にだけ発生するのかということです。
湿気が混入したといっても、他の部分の状態から察するに、
シャワーや流水にさらしたり、水没させてしまったのでは無いようです。
おそらく、汗や手に付いた水滴が裏蓋やプッシュボタンから内部に進入し、体温によって暖められた湿気が逃げ場を求めて、穴の開いている中心部に集中するからではないかと考えております。
それにしても、台座も同じ材質なのに、軸の部分だけさびるというのは合点がいきません。
どうもこの部分に滞留した湿気がオイルを酸化させ、サビを誘発(促進)するのではないかと推測しました。
オメガのマニュアル(画像参照)では”メービスA”、このクロノグラフユニットを開発したケレック社(現在はデュボア・デュプラって言ったような?)のマニュアルでは、それより粘度の高い”メービスD5”になっています。
しかし、日本の高湿度下の環境では、必ずしもこの指定オイルが適当とは言えないのではないでしょうか?
私はこの部分に、酸化/気化しにくいグリースの”S6”を接触部分のみに薄く&まんべんなく塗布するようにしています。
となると当然、「そんな粘度の高いグリースを使ったら、抵抗になってテンプの振り角が落ちるんじゃないの?」という疑問を抱くことでしょう。
そこで、振り角のわかる歩度測定器”WITCHI”で、メービスAとS6での振り角の差を検証しました。
ゼンマイ全巻き状態では、ほぼ同等、24時間経過後でも平均10度程度落ちるだけで、持続時間もほとんど差がありませんでした。
この範囲ならば、実用上全く問題ないと思います。
グリースは洗浄すれば、完全に落とすことができます、しかし部品が錆びてしまったら交換するしかありません。
それぞれの場合のメリット/デメリットを考慮し、マニュアル指定外の注油をしています。
ちなみに、スピードマスターの正規代理店であるSGJでは、こういった規定外の注油は許されないそうです。
スイスでテスト/実証されていない作業だと”データが無く不測の事態が起きる可能性がある”というのが理由だそうですが、日本の湿気のほうがよっぽど不測事態です。
こういった自分の考えで臨機応変に行動できないメーカー/正規代理店では、私のような人間は働けませんね・・
そんなことを研究しているうちに、5〜6年前から対策部品が供給されるようになりました。
画像左側の赤みを帯びた部品が新型のカナ車で、材質が変更されたことがわかります。
あくまで推測ですが、ベリリウムカッパー製でしょうか?
ほとんど錆びない材質であるのは確かで、この部品に交換+S−6グリスを塗布した後、停止や持続時間不足で再修理となった例は今のところ皆無です。
現在オーバーホールで見積もりをする場合、この新型カナ車は最初から見積もりに加えることにしています。
このムーブメントが発売されてから15年も経て、ようやく対策部品が供給されるようになったというのは、欧米の乾燥した環境下では、この部分が問題で動作不良を起こすことが少なかったのだと思います。
高温多湿な環境下でありながら、これだけ2階建てスピードマスターが売れているのは日本だけでしょうし。(香港は外国人観光客への販売も多く、現地で使用される絶対数として日本の比では無いと思われます。)
日本の場合、”時計の故障原因の8割は湿気である”と断言いたします。
車を例に取ると、つい最近までフランス車、イタリア車は現地で何の問題も無く走行しているのに、日本でだけ故障、特に電気系でのトラブルが頻発していました。
配線や端子、電子部品の大敵は湿気です。
”日本人は何か誤った取り扱い方をしてるんだろう、困ったもんだ・・・”と、誤解されてたんじゃないでしょうか。
日本の高温多湿が時計に与える影響に関しては、項を改めて詳しく述べさせてもらいたいと思っています。
このムーブメントが修理業界で嫌われる理由の1つとして、”リセットすると12時間計がずれる”という現象の多いことがあげられます。
チェック箇所は4箇所ありますので、1項目づつ紹介してゆきます。
意外と多いのが、”12時間計の針のハカマと針の本体のカシメが緩んでいる”場合です。
これ、意外な盲点なんです。
針の脱着をするうちに赤丸の部分のカシメが緩み、グラついてしまうことがあります。
完全に脱落してしまったのであれば、誰が見ても異常だと判るのですが、僅かにグラつくような状態なので、意外と気づかないまま取り付けしてしまい、リセットする際の衝撃により60進換算で1〜2分だけズレるという、困った症状が起きます。
この場合、とかく針のハカマの”穴”が緩いのだと勘違いをしがちで、いくら穴をカシメても同様の症状が改善されず、何度も針の着脱を繰り返すうちに、本当にハカマの穴が緩んだり、最悪割れてしまうなど、修理としては本末転倒の憂き目に逢います。
針ズレが起きた場合、まず最初にハカマをピンセットで掴んで、針がグラつかないかを点検することが肝要です。
もしグラついていた場合、針を交換するのが理想ですが、販売価格が廉価な時計なので、お客様もできるだけ修理代を抑えたくなる傾向にありますし、経年劣化で変/退色した他の針と色が異なってしまうので、無理の無い範囲で補修対応します。
方法としては、針の裏面のハカマと本体の接触部分に2液接着剤を”僅かに”流し込みます。
多すぎると流れ出してしまいますから、オイラーで油をさす要領で行います。
でも、原因が4箇所あるので、針ハカマが緩んでいなくてもリセットズレが発生するのです。
クロノグラフ分針車と時針車の間に、
”クロノグラフ分針車中間車押さえバネ座”
(Chronograph Minute counter driving wheel friction spring)という、薄くて小さいくせに名前だけはやたら立派な部品があります。
赤丸で囲った部分の部品ですが、それにしても長い部品名です。
OHの途中で、何度もこの部品の名を言って発注や説明をしているうちに、時間が過ぎて時計が錆びてしまった、という小噺ができそうです。(そこまで長名では無いですが・・)
それはさておき、この部品は針座と同じ役割と思ってもらうと判りやすいです。
このバネの押さえが弱いと、クロノ作動中に衝撃を受けた場合、針のハカマが緩んだかのごとく、針がズレて(飛んで)しまうことがあります。
また、このバネを入れ忘れて組んだところ、リセットの際に針ズレが生じたことがありましたので、バネのテンションが極端に弱い場合、リセット時の針ズレにも影響するものと思われます。
ごく自然なカーブを描いて上に向かって反るように曲がってるのを、忘れずに確認しないといけません。
12時間計の針がつく、クロノグラフ時針車のクローズアップ画像です。
ハートカムの下に赤みを帯びた座バネが確認できます。
この座バネのテンションが弱くても、針ズレを起こします。
このムーブメントを製造しているETAの講習会では、この症状に限らずあらゆる不具合に対して「部品を交換してください」の一言で全てを片付けます。
メーカー代理店みたいに、”クロノだから何でもかんでもオーバーホール5万円以上で〜す。”という小学生でも出来る見積もりなら、少々部品の追加が出ても、赤字にならずにカバーできますが、丁寧に使用していて特に異常が出る前でも5年経過したからオーバーホールを依頼するような、時計に理解あるお客さんの場合は部品交換が少なくて済みます。
こういった方と、サビが出るまで10年以上使用し、何点も部品交換が出る方と料金があまり変わらないのがメーカー系代理店でのオーバーホールです。
あらゆるお客さんを最大公約数で判断し、新品を買おうかな?と惑わせる絶妙ギリギリのプライスが、メーカー見積もりの算定基準なのかもしれません。
「あ〜、もうイヤだよぉぉ〜、この12時間計、何度調整してもズレるし…」
「あれ〜、○○○(デビット、ジョン、ボブ等々)まだそんな無駄な調整をしてるのかい!?」
「今はこれ、この調整で90%以上(当社比)の針ズレが解消するんだぜ!」
「何だって!?、本当かい、それは!」
という、ひと昔前にアメリカ製洗剤を紹介していた深夜の通販番組が再現できてしまうほど画期的な対策法の紹介です。
前述したように、12時間計車は座バネで押さえられているだけなので、リセットする際の衝撃が強いと、ハートカム+軸と歯車がズレてしまうのです。
対策方法として、強く押さなくともリセットボタンが作動するようにします。
リセットを制御しているリセット躍制レバーのバネ部分、具体的には赤丸で囲んだ湾曲したアーム部分を矢印方向へ僅かに曲げてテンションを弱めてやります。
注意しなければならない点は、ちょっと曲げすぎるとリセットボタンのテンションが全く無くなり、押した感触がスカスカになってしまうんです。
コツとしては、リセット躍制レバーをセットする際に”ガタの無いギリギリの所までテンションを弱める”ということになりますでしょうか。
こういった感覚的なものというのは文章では伝えきれないので、実践&体験あるのみですね。
12時間リセットズレに悩まされてきた皆さん、90%以上の割合で、ここのテンション調整で解決しますよ!
その昔少年ジャンプの裏表紙で盛んに宣伝していて、試験が近づくと欲しくてたまらなかった睡眠学習器”Dr.キャッポー”よりは効果絶大では無いかと、いささか控えめに自負しております。
12時間計のズレは誰でも気づく異常ですが、ユーザーは勿論、修理者でも意外に確認していないのが、
クロノグラフスタートボタンを押した際に小秒針とセンタークロノ針の針がスキップしてしまう、
いわゆる”針飛び”現象です。
赤丸で囲んだ小秒針カナ押さえバネをやや強めにすることで、小秒針の針飛びは解消しますが、強すぎると抵抗が増えてテンプの振り角が不足してしまう恐れがありますし、センタークロノ針の飛びは直りません。
結局、センタークロノの場合も12時間計車同様、座バネでテンションを保っているので、クロノスタート時の”カチン!!”という感触を伴う衝撃が針飛びの原因になります。
ですから、この衝撃を弱める方法を考えないと、場当たり的な対処療法となり、問題の解決につながらないのです。
まず、マニュアルには指示されていないのですが、画像左上、クロノグラフカムの赤丸で印をつけた部分と、その裏にも合計4箇所グリスを塗布することにしています。
この部品は両面とも鏡面仕上げがされており、マニュアルでは注油不要のようですが、実際は製造公差のせいか部品同士がこの面で擦れ合って抵抗になることもあるようです。
ここはクロノのスタート時に作動するカムですので、ここの動きをスムーズにすると、スタート時のショックを少なくすることが出来ます。
カム部分の摩擦を減らした後、それでもクロノスタートが固いようならば、最終手段として画像赤丸部分の、
クロノグラフカム躍制バネレバーのテンションを弱めてやると、決定的に衝撃を弱める事ができます。
ここで説明したような作業を行わずに分解/組立を行ったとしても、12時間計の針飛びを起こすのは
全体の10%以下といったところでしょうか。
しかし、これ以前のクロノグラフとは動力伝達もさることながら、クロノスタート&リセットの仕組みが根本的に異なるので、不具合が発生すると、これまでのクロノグラフとは全く違った症状が出るのです。
しかも、受けによってクロノユニットが完全に覆われているので、一度組んでしまうと動作状態でのチェックが不可能となります。
ここまで振り返ってみて感じるのは、このムーブ、あらゆるバネのテンションのバランスの上に成り立っていますので、そこを見極めることがカギとなります。
分解/組立の段階で各部品の状態を把握し、起こりうる症状を予測しながら作業をする事が肝要となります。
スピードマスター 修理複雑な機構を持つスピードマスター3510.50の場合、全体の1%以下ではありますが、修理・オーバーホール後に再修理となる事もあります。
この事例では、お引き渡し当初は問題無かったものの、数か月すると12時間計針がリセット後にゼロ位置にならない、というものでした。
マニュアルでは、ゼロリセットした際、画像のように切り込み部分が穴石方向を向くように調整して、3つの帰零ハンマーが均等にそれぞれのハートカムをリセットするように指示しているのですが、部品の経年変化や個体差で、実際はなかなかマニュアルどおりにいかないのが現状です・・
90度とかズレているのは、他の部分に要因があるのだと思いますが、ハンマーとハートカムの位置をチェックしながら、穴石中心から10〜20度の範囲内のズレであれば中心位置にこだわらず、ハートカムとリセットハンマーの動作重視でセッティングすれば問題無いと思います。
今回の再修理は、最初のOH依頼の際、12時間計リセットズレの症状が出ていないために、切り欠きが穴石中心方向ににあることで安心し、さらに引き渡し前のチェックでは問題なく帰零していたので、引渡しをしてしまったのが原因でした。
結局、リセットハンマーの位置がギリギリだったので、姿勢やリセットボタンの押し方等、僅かな状態の変化でまれに帰零しないということだったようです。
過去の失敗を忘れ、少々得意になったところで作業にも慣れが出てきたころに失敗をします。
1つミスをすると、そのリカバリーには何倍もの時間を要します。
”初心忘れるべからず”であります。
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